缶詰と仮装行列

2008年5月 6日 00:00 T |個別ページ | コメント(5)
ゴールデンウィークに富山に住む友人の所をたずねた。富山は自然豊かな(友人曰く、「何もないところ」)場所で、久しぶりに遠くまで視線が抜けていく気持ちよさを感じた。
今回の小旅行は、とにかく富山の友人宅に行くことのみを目的としていたため、富山に何があるのかを一切調べて行かなかったのだが、友人宅でネットサーフしたところ、富山県魚津市桃山公園にダニエル・リベスキンドの初期の実作があるとの情報を得たので、友人に車で連れて行ってもらった。

ダニエル・リベスキンドはユダヤ人の建築家で、ベルリンにあるユダヤ博物館の設計で著名な人物。その過激な造形スタイルから、初期の頃は実際に建築を建てることができず、アンビルド(空想上のプロジェクト)の建築家として知られていた。

情報によると97年竣工のこの建築は、彼のかなり初期の実作となる。日本で彼がこんなモニュメントを設計していたとは知らなかった。
彼はユダヤ人であり、ホロコーストの生き残りである両親のもとに生まれたその生い立ちからか、人間の業や悲しみを建築化することに取り組んでいる。土地に刻み付けられた歴史や文化をさらに深くえぐるように、彼は建築の中に、それらを指し示す「軸」を幾重にも重層させる設計手法をとるが、このモニュメントも、多くの軸の重ね合わせにより設計されている。

彼のそうした設計思想を知っていたことと、空が重くどよめく雨の日にここを訪れたせいもあってか、眼下に広がる魚津市は過剰に悲劇的に見え、自分にはそれが少し不自然に感じられた。この町のことをよく知っているわけではないが、リベスキンドの扱おうとしている悲しみと、この町の持つポテンシャルは釣り合いがとれていなかったように思える。
話は飛ぶけれども、かつて、作家である堀辰雄は、詩人の立原道造のことを評して、「日々の小さな悲しみを、小さなままで表現しているのがよい」と書いた。自分はそれはすばらしいことだと思う。だからといってリベスキンドが過剰演出家だと言うつもりはまったくない。ただ扱うべき領分が違うように思った。

リベスキンドの使命と扱うべき対象がぴったり合致した、彼の代表作であるユダヤ博物館は一度ぜひ見てみたい。

--コメント(5)

坪根 :

土地から離れた建築家ってどうなんだろうとしばしば思います。
建築は土地から離れられないように、建築家も土地を知らないで建てられないのではないか。
外国にまで行って建てなきゃいけない意味はなんなのか…

2008年5月25日 04:29

T :

かつてインターナショナル・スタイルを唱えて、機能主義によって民族性や地域性をこえようとした建築家達や、Zaha hadidとかfrank o.gehryみたいに、強力な作家性をもってその土地に異質なものを持ち込んでいく建築家達など、土地に対する建築家の態度は様々です。哲学や思想の表現媒体として、たまたま建築を選んだかのようなpeter eisenmanとかBernard Tschumiとかには土地などはあまり興味ないでしょう。
個人的には、建物は景観に対しては暴力的でも、文化に対しては実直であって欲しいと思っています。

2008年5月30日 17:26

きのした :

初めまして、コメントを書きます。
(お分かりになるでしょうか。。Music-innのページからとんできました。)


「景観に対しては暴力的であっても、文化に対しては実直であって欲しい」という言葉に、とてもはっとしました。


なるほど。とてもなるほどと思います。


・・・・・


先日ウィーンに行って来ました。
街全体が文化を今もっか形成していて、文化として存在していた、と今考えました。
あ、あまり意識していないだけで、日本でもきっと同じなのでしょう。

哲学や思想の表現媒体としての建築が、しかもそれは時代の制約を大きく受けながら、実際にひとが暮らす場所全体をつくっている。
そのことの強力さ(?)は、
他の表現媒体にはないずいぶんさ(ときに暴力的で。。)を持っているものですね。
もちろん他の表現媒体ともとても密接な関係をもちながら。
なんてことを近頃考えています、、、

2008年6月19日 23:41

松村教 :

ううむ
彼らは芸術家とか、デザイナーとかなのか。上サマの立場もそれに近いんだろか。

しかし同じように世界中のどこへでも行って建てるなら、フラーみたいなのが共感できるなあ。

2008年6月28日 10:25

T :

きのしたさん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。返信がすごく遅れてしまって申し訳ありません。。。

そうですね。建築物は個人の住宅でさえ、公共の景観、をつくる一端として何らかの社会性を求められます。個人的には、変な形態、楽しげな窓がひとつでも町に増えれば良いと思っているので、景観に対しては一旦、不和を持ち込むことにも賛同します。守るべき伝統的な美しい景観というものはもちろんありますが、景観には、窮屈で、あまりにも形式的な、社会一般という暴力を感じてしまうものもあります。ゆえにそれに馴染めなかった人たちは、地下、アンダーグラウンドにもぐるのですが…身内や同一の趣味を持った仲間、それぞれのコミューンが、その人達のための小さい小屋をひとつ持っているのは幸せな事だと思います。それらの小屋は必ずしも一般的な形態をしていないかもしれませんが、それを暴力だとは思いません。。。

来たるべき次世代の社会のための新しい思想として、建築をどかんと建てるのは現代ではなかなか難しいのかもしれません。そういう革命者の表現媒体としての建築でなくて、もっと個人的な、小さな集まりの中から発生する建築のなかから、新しい建築と社会のあり方が生まれてくると良いなと、思っています。

ウィーンに行ってきたんですね。ウィーンは建築の分野でも、そのほかの芸術の分野でも、あるムーブメントを起こしてきた街ですよね。またお会いした際には話を聞かせてください。

最近、うちの兄(サッカー狂)がサッカーのヨーロッパ選手権を観戦しにウィーンに行ってきたので、こんどウィーンの街並の写真なども見せてもらおうかと思っています。

2008年8月 4日 01:06


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