帰宅。否定の連鎖と鬱の蔓延が職場でちらちらする。安易なことを口に出せない感がある。
カーマイン・ガロ「アップル驚異のエクスペリエンス」を読んだ。「スティーブ・ジョブス 驚異のプレゼン」「スティーブ・ジョブス 驚異のイノベーション」に続く驚異シリーズの最新刊。新製品があろうがなかろうがいつも大量のカスタマーであふれるアップルストアが、なぜあんなにも魅力的なのか、その秘密を詳細に調べ、語った本…。
400ページ弱の本だが、本のなかで述べられていることはそう多くない。アップルストアでは、商品を売ること自体は二の次で、優れた体験を提供すること、ひいては顧客の人生を豊かにすること、がいちばん重要なことで、カスタマーとスタッフが「素晴らしい人間関係をつくる」、それだけをやってきたということを、豊富な実例と検証を用いながら何度も繰り返し述べている…。実際に、この本の読後感は、小売業のビジネス指南書という感じでは全くなくて、対人関係、コミュニケーションのはぐくみ方の良質な教科書といった感じがした。
2001年に1号店がオープンしたアップルストアは、フォーシーズンス・ホテルの顧客サービスを多いに参考にして作られているという。ホテルの各部屋にアメニティ・グッズやドライヤーがある、世界で最高のベッドが完備されている、ホテルにトレーニング・ルームがある、スパがある、などの、今では多くのホテルが競うようにやっているサービスは40年前にフォーシーズンス・ホテルが始めたことで、ただ1夜を眠るための仮の宿としてしか機能していなかった当時のホテル業界に、とにかく最高の時間と居心地を提供するというずば抜けた顧客サービスを行い、最高のホテルの名声を得たらしい。
アップルストアはフォーシーズンスのような、お客さんに気持ちよいと思ってもらえる体験をどうやって作るかと考え続け、その中核になるのは、気持ちの良い「対話」を提供すること、だと考えたようだ。いくらホテルを参考にしたからといって、内装が無駄に豪華だったり、お店でジュースをくれたりとかそういう方向で真似をしたのではなくて、人と人との会話によって、人が気持ちよくなることの本質を捉えようとしたのはさすがというかやはりという感じがする。
そのため、アップルストアの仕組みは、全て「人と人との信頼関係」をつくるための仕組みとして理解できる。アップルストアのスタッフはかなりの権限委譲がされており、 スタッフがお客のためになると思ったことならば、ルールを越えた行為だったとしても積極的にやることが求められている(正統な理由があれば、たとえ有償修理を無償でやったとしてもお咎めはない)。やってきたお客さんと飼い犬の話で1時間以上盛り上がっていても問題ない。お客さんを待たせなければいけない時は、どのように対応すれば最も待ち時間を短く感じてもらえるかをしっかり教育されている。スタッフの給与も、製品をどれだけ売ったかの歩合制ではなく、何台売ろうが、売れまいが同じに設定されている。また、マネージャーもそれを理解していて、スタッフ自身が楽しく働けるようなアイデアを常に歓迎し、取り入れる仕組みになっている。運営や人事に関して、通常、秘密にされているような情報も可能な限りオープンにするようになっている。ただコンピュータを買いに来た人と売る人のビジネス的な関係に留まることに満足せず、人生のひとときを過ごす場所として、最高の人間関係ともてなしを提供するというビジョンのもとにすべてが動いている。
確かにジョブスのインタビューなどでよく、「我々はコンピュータを売りたいのではない、人の人生を豊かにしたいのだ。」という言葉が出てくるが、たんなるキャッチコピーでなくそれを実践していたことが今更ながらわかった。
