月別アーカイブ: 2015年5月

Ryoji Ikeda

Brewer street car parkという駐車場の上部にあるスペースで開かれていた池田亮司の展示を見に行った。今回のものは映像表現だけでなく、直径2mmくらいの球を板の上に無数にばらまき、その板にわずかに角度を与えることでそれぞれの球に加速度を持たせ、全体が鳥のように集合と離散を繰り返すオブジェクトが展示されており、それがきれいで長らく見入っていた。

17729562803_44414146db_o 18163915289_9f94989cbf_o 18350091405_1d48eda73e_o 18350072795_0711902f49_o18346124342_e6d2b47055_o 18163980099_5d9feea04e_o 18351643181_261d3954d4_o 18351662871_655a7d0f44_oその後、本屋に寄って帰宅した。ここ数日、妙に空腹を感じる。

土曜。洗濯などの作業後、近所のスーパーに行き、すぐ帰った。その後、パソコン内の各種ファイルの整理、その他作業などしていた。

パソコン上の、一切の分類をせずに、雑多なファイルを一緒くたに放り込み続けたドロ沼のようなフォルダを開いていた。勤務先の定期面談時に使用した勤務報告書のようなものが見つかった。良く出来たことと、反省すべきこと等を書くような、よくある類のものだが、こういうものを書いているといつも凄まじく寂しくなる。なぜだろうかと長年、思っていたが、渡英の際にT氏からもらった、寺田寅彦という物理学者の「柿の種」という本の一節に「自分の欠点を相当よく知っている人はあるが、自分のほんとうの美点を知っている人はめったにいないようである。欠点は自覚することによって改善されるが、美点は自覚することによってそこなわれ失われるせいではないかと思われる。」というものがあり、そういうことかと思った記憶がある。自分が労力をかけたことを、誰かにアピールするために自ら記述するたびに、それらが溶けるように消えていく感じがしたので、寂しいと感じたのだろう。あらゆる自己PR資料、あらゆる業務報告書、すべてにおいて、いつも、寂しいなと思いながら書いていたことが思い出された。

生姜

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思い出したかのようにまた作成した。Flickrから自動取得した内容は、良くわからない器具、蝶、母と娘、セクシーな感じの女性シルエットとカラフルな枕。

Frensham Great Pond

今日は祝日で休みだった。午前中にFrensham Great Pondという池に行った。Surrey州の地図を見ていて偶然に発見したもので、特に目新しい何かがあるようには思えなかったが、一日、家に居る事を避けるために、意味なく、行った。

中世の時代に、コイの養殖地として人工的に作られた池との事らしかった。唯一の心惹かれた点はこの点で、どんな風に人工的なのか見てみたかったのだが、天然の湖と何が違うのかは外見からは全く分からなかった。人造湖というものはだいたいそうなのかもしれない。
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湖の周辺は砂が敷き詰められ、ビーチになっており、数組の家族が風にあたっていた。犬はビーチに入る事が許可されていないので、近くの杭につながれていた。これから何時間ここで待つのかは、知らない。およそ50メートル先の水辺でパシャパシャとはしゃぐ子供と、その側でシートを広げて座っている親達の姿を、見ていた。やる事が既に無くなっていた自分は、更に犬の背後から、それを見ていた。

_DSC1778ひと通り散策した後、帰宅した。昼過ぎには家に着いた。

その後は作業や読書などで結局、家にいた。

Hamburg 2

朝、用事まで少し時間があったので、宿の周辺を散策した。前回に来た際にも少し観たが、エルプ・フィルハーモニーのコンサートホールの工事現場のあたりをぽつぽつと歩いた。雨が降っていた。

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すでに工期は予定より大幅に遅れ、年単位で延び延びになっているらしいが、港の一角に建築物の設計趣旨等を解説するための小さなパビリオンがあり、その中にはコンセプト模型等が置いてあった。波をかたどった造形のようだ。

さらに赤レンガ倉庫群のあたりも少し歩き、宿に戻った。雨は強くはなかったが、霧のようで、全身が湿ってしまって寒かった。倉庫群の建物は100年以上前のものだが、装飾様式のトーンがあまり立体的でなくグラフィカルなので、現代的な目には格好の良いものに見える。感情的な表現でないので、疲れずに観ていられる。自分は、どんどん疲れやすくなっている。
_DSC1647 _DSC1649 _DSC1650 _DSC1651 _DSC1654 _DSC1657 _DSC1665午後、もろもろを終了し、夕方の便でロンドンに帰った。

Hamburg

_DSC1609早朝の便でハンブルグに来た。もろもろの作業後、夜、人々と食事を取ったのち、何か桜祭り?と呼ばれる日本関連のイベントが行われていたらしく、花火を打ち上げるというので皆で観に行った。ギリギリで間に合わず、会場周辺に向かうタクシーの中から1、2発の大玉を観たのみに終わったが、予期していなかった花火なので、それだけでも心地よい違和感が楽しめて良かった。同行者のうち何人かは、もともとこの花火を観に行く事を予定していたようだったのに、食事が少し長引いて間に合わなかったので、申し訳なかった。

ドイツではレストラン等で人を呼ぶ際、手を上げるのでなく、人差し指を立てるのが良いとされている事を教わった。手のひらを開いて挙げると、ヒトラーへの敬礼のようだというのがその理由らしい。

_DSC1603人々とパブで食事をとった。手羽先風なもの、ホットドック、ローストチキン等、肉方面のラインナップが多い食事になった。

LUBOMYR MELNYK

夕方、LUBOMYR MELNYKというピアニストのライブを聴きに行った。高速のアルペジオをひたすら繰り返しまくる波のような特徴的な作風で、Continuous musicと名付けられているらしかった。そのアルペジオがあまりに早いのと、それにもかかわらずタッチが強いのとで、単音はもはや認識できずに全体として連続した音が壁のように迫ってくる感じがする。ひたすら演奏を早くしていくと、メロディがある地点で別な次元に移行する、というような説明がなされていた。確かに最初はっきりと聴こえていたメロディが、速度がある閾値を超えたところで、音というより巨大なノイズのような鳴りに変化し、またメロディに戻っていくというような感じだった。3曲しか演奏されない短いライブだったが、これは非常に良かった。

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意味ない人

土曜。朝早く起き、作業および読書などしたのち、うっかりと眠りに落ちてしまい目覚めると昼過ぎだった。SAATCHI galleryに行って「PANGAEA II: NEW ART FROM AFRICA AND LATIN AMERICA」という展示を見た。アフリカとラテンアメリカの新しい美術という名目だが、作品のどれも地域性は感じなかった。ヨーロッパの目で選ばれた作品が置いてあるわけだから、そういうものなのかもしれない。

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電気屋をいくつか見て回った後、電車に乗って帰った。

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ビール

同僚の人々との飲み会に参加。もろもろの話をして過ごす。

そのうち一人が、普段の帰宅時に、松本人志のすべらない話というお笑いの番組の録画を繰り返し聴いていると言っており、既に何度も聴いているが、それでも面白いと言っていた。

音楽や美術でも同じようなことがあるが、ある水準に達すると、内容というのが一切関係なくなり、表現そのものだけが核としてあり続けるようになる。何度も聴いているのであれば、話の内容自体は、既に覚えているのだろうから、つまらなくなるのが普通だが、声の大小や口調、間など、話術の表現そのものが面白いのであれば繰り返しても面白いのだろう。

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