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プログラマーをうらやむ

帰宅。

マット・ピアソン著「ジェネラティブ・アート Processingによる実践ガイド」を読む。Processing関連の本は今まで何冊も読んできたが、この本は「実践ガイド」という激しく安っぽい単語をタイトルに冠しているくせに、単なるプログラミング指南書の類ではなく、創発・自律性・オートポイエーシスなどの、パウル・クレーが生涯かけて追い求めていた造形システムを彷彿とさせる話題が並んでいて面白かった。

Processingによる絵画は、昨今ではもはや見慣れてしまった感があることもあり、コンピュータがランダムに描いた抽象的な模様…数学を使った芸術…といった風に思われているふしがあるが、その本質は、別に数学やランダム性を駆使するところにはない。

パウル・クレーは著書の中で、
「点が動いたものが線であり、線が動いたものが面です」
と言っている。

これは当たり前のようでいて、クレー以前の画家達があまり意識的に考えてこなかった重要なテーマだった。

一般的な絵画、つまり風景や人物を描写するという過程において、点や線や面は、目の前の風景や、画家の頭の中にある形を再現するために使われる。画家は正確に、点や線や面をコントロールして、頭の中の造形をなぞる。

その時、点や線や面は、画家に従順な存在としてふるまう。クレーはそれを嫌った。

クレーは、点や線や面に、もっと自分の意識から外れて、勝手に動き出して欲しいと思っていた。生きもののように、キャンバスの上で点が動き、その軌跡が線になり、面になり、色づく…。クレーは、やはり20世紀初頭の人だけあって、その芸術観は、かなりざっくりと言えば、芸術でもって自然や生命の美しさに近づくことという平凡な言葉に回収されてしまうけれど、自然を写し取ったり、幾何学的なコンポジションで遊んだりするのではなく、「自律的に生成されるもの」こそ芸術であると考えたところが圧倒的に新しかった。

そこからのクレーは研究者や科学者のようなアプローチで独自の造形理論を作っていく。点や線、面それ自体が生きもののように「ふるまう」ために画家は何が出来るかと考えて、点の動き方を執拗に言語化して、客観的にプログラムしようとしていく。

例えば、ジグザグの線は「一定距離動いた後、それまでの進行方向から90度進行方向を変え、また一定距離動いた後、マイナス90度進行方向を変え、また一定距離を動く」となり、点線は、「一定距離動いた後、同一の進行方向に一定距離、瞬間移動した後、また一定方向動く」などとなる。

このような動きのストックを大量に作りつつ、2つ以上の点の相互作用に関しても言語化を進めていく。「点と点が衝突したとき、片方の点が180度向きを変える」「3つ以上の点が近しい場所に集まったとき、2つの点は消失する」など…

これらはまさにProcessingなどで行われている画像生成のプロセスと同じだ。点に画家が「ふるまい」をプログラムし、あとはその法則に従って自律的にキャンバス上に絵が作られていく…そのバリエーションの豊かな、組み合わせの巧みさで、クレーは次々と面白い絵を生み出した。

下記は、Processingが、オブジェクトに「ふるまい」を与えてそれを掛け合わせていくことで絵画を生成していく過程がよく分かるムービー。Processingの作者Case Reasの講義のビデオ。

Process Compendium (Introduction) from Casey REAS on Vimeo.

クレーがこのような絵画生成のシステムを採用したのは、絵画を万人に開かれたものにしようとしたからというのもあり、点や線を緻密に従順にコントロールしていくのは、かなりの熟練を要するが、このような自律的システムならば、誰でも、絵画を生み出すことができる。システムの設計でもって芸術をするという感覚は、同じく巨匠モンドリアンにも言えるが、それは長くなるので割愛する。クレーについては、その「ふるまい」を設計するために、キャンバス内に「重さ」「引力」などの独自の係数を導入したり、異次元物質として「文字」などを突っ込んだりとかなり複雑な実験を繰り返しているが、それも面白い。

Processingと、Processingにいたる様々なジェネレイティブ・アートをまとめたこのドキュメントも面白い…。

Hello World! Processing from Ultra_Lab on Vimeo.

オーザック

帰宅。昨夜、中華料理店で食べきれなかった食べ物を包んでもらっていたので、それを食べる。

先日、浜松で買った「アドバルーンニケイコサン」というCDが想像以上に良く、最近、通勤の際によく聞いている。Arab strap、Four carnation, slintあたりのポストロック初期的な、ゆっくりの曲調、単調すぎるドラムと時々入る轟音、にsad感のあるメロディーラインという感じで、それにどことなくいなたい感じが加わっているのが良い…。

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ダック

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会社の取引先の方たちとの飲み会で赤坂へ出かけた。中国茶房8という名前の中華料理屋で、日本風に味付けを調整していない、本国風の味付けの店とのことでとてもおいしかった。チェーン店で都内に何店かあるらしい。昼は500円くらいでランチをやっていて、安かろう悪かろうと感じる人もいるとの事だが、今日食べたもの達は自分にとっては相当においしく感じられた。取引先の方が中国人のかただったので、メニューにない特別な物を頼んでくれたせいもあるのかもしれない。また行きたい。

関係ないが池袋北口はここ数年で急激にチャイナタウン化が進んでいるという。横浜のように観光地化されておらず、リアルな中国人街がどんどん増殖していっているらしい。そこの界隈の中華料理はおいしいらしい。

帰ってしばらく読書をしてから眠った。深夜でも車通りの絶えない山手通りからはよくサイレンの音が響いてくる。

雪見だいふく

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帰宅。遅くなる。レイアウトがこれだと思う位置になかなか決まらない。

レイアウト次第で生き死にが決まるような感じでなく、モンドリアンのシステマチックな絵画のように、誰がどうやってもだいたい意図したイメージが構築できるような、生成システムそれ自体が芸術性を帯びると良いが難しい。

画像はPCの処理が追いつかずできたバグ画像…意図的にバグ風な処理を起こし画像を破壊する方法をグリッチと呼ぶが、その場合、破壊行為が制作行為になっているので倒錯した感じで魅力がある。

ロバート・キャパ ゲルダ・タロー

S氏に誘われて横浜美術館でやっている「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展に行った。報道写真家として名高いロバート・キャパは、アンドレ・フリードマンとゲルダ・タローという男女の二人の写真家の共同の作家名だったことは初めて知った。迫害の対象だったユダヤ人の名前を隠すため、また当時は報道写真がアメリカで高く売れたため、アメリカ人風の架空の名前を使っていたようだ。しかしタローは若くして戦場で亡くなり、キャパの名前はフリードマンひとりが継ぐことになる。

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横浜美術館を後にし、S氏が調べてくれた桜木町付近の餃子屋へ行った。「とんねるずのみなさんのおかげです」のキタナシュラン3つ星を取った店とのことだったが、非常においしかった。いつかまた、行きたい。帰宅後はやらなければならない事があったのだが、泥のようにまどろみが来て気がつくと12時を回っていた。いつもの罪悪感が来てすぐ気にならなくなった。

Windows8

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昨晩から母のパソコンのセッティングのため実家に来ている。朝からセットアップを初め、メールソフトの設定やデータ移行などを行う。Windows8にまともに触ったのは初めてだったので、いろいろと仕様が変わっていて手間取ってしまった。Windows8から採用された、タイル上にアプリケーションが並ぶ「メトロUI」はおしゃれだがやはりタブレット等のインターフェースという感じがする。また今までと見た目もボタン配置なども全部違ってしまっていたので、可能な限り、今までの母の使用スタイルに合うように設定をいじった。

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個人的にはあのタイルのデザインは割と好きだ。装飾があまりなくて良い。ただ日本語フォントはやはり改善の余地があると思う。MSゴシック、メイリオフォントをやめて、もっと素直な字形のものを採用し、文字のアンチエイリアスをもっと強くしてなめらかにすれば見違えるようになりそうな気がする。Vistaの時にMicrosoftが気合いを入れて開発した、きれいな文字表示のためのClearTypeテクノロジもあまり効果的に感じられない…。(かつてWIndows XPマシンを持っていた頃、GDI++などで文字表示をMac風にしたら劇的に美しく感じられた。)

夜は駅の近くで中華料理を食べ、東京に戻った。車内では眠り続けた。

 

パシフィック

仕事のあと、21時過ぎの新幹線で浜松へ。先週も友人結婚式で帰省していたのにまた今週も。今回は母親がパソコンを新調したので、そのセッティングのために帰る。家族内でPCにある程度詳しい人間が自分しかいないため。

金曜夜の下り線は非常に混んでおり、自由席指定席共に満員で、デッキにて浜松まで過ごした。夫パソコンを持っていたのでデッキで作業。

浜松駅からはタクシーで実家まで移動。タクシーの運転手からお勧めの映画をきく。

かけそば

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やや遅めに帰宅。

ふと思い立ってProcessingのプログラムを書いて画像生成のスタディを行った。しばらくProcessingに触れていなかったせいか文法を忘れていた。

関係ないが「神速Photoshop」という本を読んだ。photoshopで良くやる作業をいかに最小手数で効率化してやるかを追求した本。思いもつかなかった裏技のような方法が載っているというより、現行のPhotoshopにいつのまにか搭載されていた便利な機能をざっと知ることができるという感じの本だったように思う。ツールがどのように進化していくかを見るのはとても面白いので、ときどきこの手の教則本は買って読むようにしている…。

チャリの旅

帰宅。否定の連鎖と鬱の蔓延が職場でちらちらする。安易なことを口に出せない感がある。

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カーマイン・ガロ「アップル驚異のエクスペリエンス」を読んだ。「スティーブ・ジョブス 驚異のプレゼン」「スティーブ・ジョブス 驚異のイノベーション」に続く驚異シリーズの最新刊。新製品があろうがなかろうがいつも大量のカスタマーであふれるアップルストアが、なぜあんなにも魅力的なのか、その秘密を詳細に調べ、語った本…。

400ページ弱の本だが、本のなかで述べられていることはそう多くない。アップルストアでは、商品を売ること自体は二の次で、優れた体験を提供すること、ひいては顧客の人生を豊かにすること、がいちばん重要なことで、カスタマーとスタッフが「素晴らしい人間関係をつくる」、それだけをやってきたということを、豊富な実例と検証を用いながら何度も繰り返し述べている…。実際に、この本の読後感は、小売業のビジネス指南書という感じでは全くなくて、対人関係、コミュニケーションのはぐくみ方の良質な教科書といった感じがした。

2001年に1号店がオープンしたアップルストアは、フォーシーズンス・ホテルの顧客サービスを多いに参考にして作られているという。ホテルの各部屋にアメニティ・グッズやドライヤーがある、世界で最高のベッドが完備されている、ホテルにトレーニング・ルームがある、スパがある、などの、今では多くのホテルが競うようにやっているサービスは40年前にフォーシーズンス・ホテルが始めたことで、ただ1夜を眠るための仮の宿としてしか機能していなかった当時のホテル業界に、とにかく最高の時間と居心地を提供するというずば抜けた顧客サービスを行い、最高のホテルの名声を得たらしい。

アップルストアはフォーシーズンスのような、お客さんに気持ちよいと思ってもらえる体験をどうやって作るかと考え続け、その中核になるのは、気持ちの良い「対話」を提供すること、だと考えたようだ。いくらホテルを参考にしたからといって、内装が無駄に豪華だったり、お店でジュースをくれたりとかそういう方向で真似をしたのではなくて、人と人との会話によって、人が気持ちよくなることの本質を捉えようとしたのはさすがというかやはりという感じがする。

そのため、アップルストアの仕組みは、全て「人と人との信頼関係」をつくるための仕組みとして理解できる。アップルストアのスタッフはかなりの権限委譲がされており、 スタッフがお客のためになると思ったことならば、ルールを越えた行為だったとしても積極的にやることが求められている(正統な理由があれば、たとえ有償修理を無償でやったとしてもお咎めはない)。やってきたお客さんと飼い犬の話で1時間以上盛り上がっていても問題ない。お客さんを待たせなければいけない時は、どのように対応すれば最も待ち時間を短く感じてもらえるかをしっかり教育されている。スタッフの給与も、製品をどれだけ売ったかの歩合制ではなく、何台売ろうが、売れまいが同じに設定されている。また、マネージャーもそれを理解していて、スタッフ自身が楽しく働けるようなアイデアを常に歓迎し、取り入れる仕組みになっている。運営や人事に関して、通常、秘密にされているような情報も可能な限りオープンにするようになっている。ただコンピュータを買いに来た人と売る人のビジネス的な関係に留まることに満足せず、人生のひとときを過ごす場所として、最高の人間関係ともてなしを提供するというビジョンのもとにすべてが動いている。

確かにジョブスのインタビューなどでよく、「我々はコンピュータを売りたいのではない、人の人生を豊かにしたいのだ。」という言葉が出てくるが、たんなるキャッチコピーでなくそれを実践していたことが今更ながらわかった。

三ヶ日ミカン

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先日、帰省した際に浜松駅で見かけた静岡新聞のポスター。以前にも見たので、もうずいぶん前から貼ってあると思うが、新聞記事風のレイアウトが全てみかんで再現されている…。

今日たまたま普段見ているデザインブログのようなサイトをみていたら、なぜかこのポスターが紹介されていた。ついこの間、見たばかりのものが、どこか外の国の人の手を介してまた自分に戻ってきていて驚いたが、そういうものなのだろうと思った。