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Bonfire night

Bonfire nightの花火大会に誘っていただき、battersea parkに行った。現在は単なる花火大会だが、もともとは国王を爆殺しようとした首謀者ガイ・フォークスの人形を引きずり回して火で焚くという行事に由来するため、花火の前に大きなかがり火が焚かれた。焚き火の前には、空に雲が点在していたが、火が収まる頃には雲は全てなくなっていた。焚き火の上昇気流によるものかと思ったが、そんな天に影響するほどの規模でもないと思うので、偶然のものだろう。

DSC_0137 DSC_0138DSC_0131花火を見た後は、数人と食事に行った。もろもろ楽しい時間を過ごせた。

アニメーション

こちらのアマゾンのプライム会員のようなものに入っていたのだが、殆ど利用していないために解約することにした。会員だと、ビデオストリーミングサービスで一部の映画が追加料金なしで見られるという特典があり、これも全く使用していなかったので未練はなかったが、配信リストをチラチラと見ていたところ、なぜかスタジオジブリの宮崎駿のドキュメンタリー(夢と狂気の王国)と高畑勲のドキュメンタリー(「かぐや姫の物語」をつくる)があったので、両方見た。

「風立ちぬ」の最後のシーンは、もともと別な結末が用意されていたが、途中で変更されたことを知った。死ぬはずだった人物が生きることになるというような大きな変更だった。声を担当していた庵野秀明が、宮さんの突然の転向ぶりが良かったですね…死から逃れたじゃないですか…と回想していた。

Eames

Barbicanに「The World of Charles and Ray Eames」という展示を見に行った。イームズ夫妻の総合的な回顧展で、合板の圧縮成形のイスから、ケーススタディハウス、後年のショートフィルム群など網羅的に展示されていた。自分は、あまりよく知らなかったのだが、妻のレイ・イームズのほうの絵や初期の平面デザインなどがいくつか展示されていて、何かドロドロに溶けたスライムのようなグニャグニャしたものばかり描いてあった。有名な成形合板のイスのシリーズも、背面、座面、肘掛を一枚の板で合理的に作成するために、あのような曲線的な形になったのは事実だと思うが、曲率のなまめかしい感じとか、表現的なところは妻の趣味によるものっぽかった。ショートフィルムについても、「Powers of ten」ぐらいしか知らなかったが、いろいろな生き物や日用品のクローズアップショットばかりをつなぎ合わせ、3面のスクリーンで類型学的に展開する映像など、良かった。

バービカン・センターは大量に人がいて、展示のチケットカウンターには長い列ができていた。自分が行った時は、たまたまだったのかすぐに券が買えた。DSC_0104-EFFECTS

SPECTRE

勤務先で映画の試写会の機会をもらったので、夕方にそれに出かけた。アクション映画で複雑なストーリーのものではなかったが、やはり何を言っているか分からないシーンが多々あった。大まかな概要は分かるが、細かな冗談とか、決め台詞っぽい言い回しが楽しめないので、やや物足りない感が残った。そもそもシリーズ物の映画だったので、前回までのコンテキストが分かっていないと理解できない箇所もあったようだ。映画の後は、一緒に見に行った同僚の人々とラーメンを食べて、帰路についた。

先々週くらいのことだが、身体中にいきなり蕁麻疹が出て、まる1日ほどそれが続いたことがあった。蕁麻疹が出る直前に、ある日本料理屋で、うどんや、タコ、アナゴなどの天ぷらの類を食べたのだが、それらの何かしかにアレルギー反応したのかもしれない。今までは全く問題のなかった素材でも、加齢すると体の何らかが変化し、受け付けられなくなることは、一般的にある。その逆ももちろんある。

何が原因だったのかは不明だが、今度は再度一つずつ試してみて原因を探る必要があるだろう。そもそも食物のアレルギーだったのかどうかすら謎だが、こればかりは人体実験するほかない。

常食していたサバ缶も、おそらくあまりに常食しすぎたせいか、最近、なぜかあまりおいしく感じなくなってしまった。変化してしまうのは人の生態として避けられないのだけれど、やや面倒にも感じる。

食べ物

同僚に誘ってもらい、自転車で20分ほどのところにあるイタリア料理屋に行った。すでに夕飯を食べたあとだったが、飲み物だけでもと思い、行った。少し料理も食べさせてもらったが、自分の舌でもはっきりと違いがわかるほどおいしい味がした。イタリア人の同僚のおすすめの店とのことだった。例えば全ての日本人が礼儀正しいわけでもなく、全てのスペイン人が陽気なわけでもないように、イタリア人でも食事に興味がない人もいるのかもしれないが、現時点では関わりのあったイタリア人は例外なく食べ物にこだわっているようだ。

電話

携帯電話を新しい機種に変更した。以前のものは、もう3年ほど使っており、動作が限界まで遅くなってしまっていた。普通に電話を取るのですらもたつき、場合によってはフリーズするなどの現象が発生し始めたために、必須アプリケーションを除くすべてのアプリケーションを削除して、しばらく運用していたが、それでもやはり限界を感じ、最新機種に変えた。毎日使うものなのに、なぜもっと早く変更しなかったのかと思うほど、動きが違いすぎて快適になった。毎日使うといっても、毎日持ち歩いているだけで、特に何らか頻繁に連絡を取るようなこともしていないので、重すぎる動作でも今まで耐えられたのかもしれない。

ワルシャワ

昨日、今日とポーランドのワルシャワに居た。ほとんど業務上、関係のあるところにしか行っていないが、バスや地下鉄、トラムなど、公共交通機関を使って街をグルグルと回っていた。行き先などがもろもろ分かりにくく、派手に迷いながら歩き回っていたため、疲弊した。

自分がかつて住んでいた静岡県浜松市が、ここワルシャワと姉妹都市であることは、いつだったか習ったので知っていた。姉妹都市だからといって何がどのようにお互い、益をもたらしているのかはよく知らなかったが、今、簡易的にネットを見たところ、音楽文化友好交流協定締結というものを結んでいるようだ。ワルシャワが、ショパンが生まれた街としても知られているので、その像などが浜松に贈られていたらしい。今回、利用した空港もワルシャワ・ショパン空港という名前だったが、待ち合いコーナーの一角にピアノとショパンコンクールの映像があったのみで、特に音楽的な何かは見当たらなかったように思えた。

姉妹都市という制度は、もろもろの地方都市が意外な都市と関係を結んでいることのよくある制度だが、意外な場所に意外な碑が建っているといったことはままあり、たまにそれらを知ると不思議な時間と地理の歪みを感じる。意外性以外の感想がない。_DSC2813

ベルリン

会議室にいるときは非常に厳しい顔をして、肩書きが下っ端の人間とはほとんど、会話をしようとしないが、会議が終われば別人のようにフレンドリーになる類の人がいて、それ自体が存在することについては、そういうものがあって何ら不思議はないし、疑問はないが、ここ欧州のほうがそのような振る舞いをよく見かける気がする。良い悪いとかでなく、そういう自然なものなのだろう。