カテゴリー別アーカイブ: 未分類

はっぴいえんど

今日も忙しかった。

会社帰りに語学学校へ。今日の講師は何故かバンド「はっぴいえんど」を知っているイギリス人の男で、どうやら日本のインディーミュージックが好きなようだった。アルバム「風街ろまん」に収録の「はいからはくち」で毎朝起きているという。同時期に活動していたバンド、はちみつぱいを知っているかと聞いたら、知らないようだったが、アルバムタイトル「センチメンタル通り」は知っていた。日本の音楽やサブカルチャーが好きで日本にやってきたのだろうか…。

緑の語学学校

仕事帰りに語学学校にて授業を受ける。

ビジネス会話のコースを受講しているせいもあって、英語での「丁寧な言い回し」のフレーズが数多く出てくる。英語には敬語がないが、実際にはそれに相当する言い回しが存在していて、微妙なニュアンスの違いをTPOで使い分けている。

NOT A TOY

慌ただしい月曜日だった。夜まで作業をして帰宅。

Notatoy_01昨年、ロンドンに行った際に購入した書籍「NOT A TOY」をパラパラと読む。ATOPOS cvcというアテネにあるファッションのリサーチ組織の編集による本。いろいろと奇抜なコスチュームデザインやキャラクターデザインが載っている。普段システマチックなものやミニマルなもの、そして何より、「意味あるもの」を作らなければならない仕事に従事しているせいか、これらの自由な造形がうらやましく感じ、しばらく見入ってしまった。なぜかこういう分類不能な形状を見ると救われる気がする。

 

惨殺半島 赤目村

今日は昨日、説明を受けた語学学校に再訪し、体験レッスンを受けたり、細かな受講の説明を受けたりした。

帰宅後、サラダとスパゲッティなどを作り、夕飯を摂る。

index_ph86

購入した武富健治の漫画「惨殺半島 赤目村 1巻」を読む。とても面白い。この作者は現在最も好きな漫画家で、前作の「鈴木先生」は本当に面白く、次の単行本をまだかまだかと待っていた。今回はミステリーサスペンスもので、閉鎖的な田舎の村で起こる殺人事件を描くらしい。1巻の時点ではまだ殺人は起こっていないけれど、観光地化に失敗して閉鎖したレジャーホテル、村八分された家族、村営の娼婦館、巫女…など、創造力をかき立てるようなものがたくさん練り込まれている。

この作者は、以前、漫画実話ナックルズという雑誌で「実話モノ」の漫画を扱っていたらしく、(実話モノ=実際はフィクションにもかかわらず、「これは実話である」という設定で、もっともらしい事件や題材をドキュメントしていく物語の形式のひとつ。フェイク・ドキュメンタリーなどと呼ばれているらしい。昔、テレビ番組で「放送禁止」というシリーズの特番があって、その番組も、「これは、実際におこった事件で、内容の奇怪さからテレビ局内で放送禁止としてお蔵入りになっていたテープを再編集したドキュメンタリーである」といった触れ込みで放送されていて、子供だった自分はそれを完全に信じ込み、しばらく恐ろしさが消えなかった記憶がある。)その手法が今回のサスペンスものにいい感じのいかがわしさとリアリティを与えていて素晴らしかった。この古風な絵柄もあいかわらず素晴らしい。

花見 外科室

_DSC6620 _DSC6631

昼頃から会社の同僚の方に誘われて、花見に出かける。穴場的な公園で、非常に良い雰囲気に桜が咲いているにもかかわらず、人がほどよくまばらに居る感じで、良いロケーションだった。ただ気温は真冬のように寒く、少し早まって薄着で出かけてしまった自分は途中から震えが止まらなかった。初対面の人が多かったが、和気藹々とした雰囲気で楽しかった。

その後、夕方に語学学校の説明を受けに、最寄り駅そばの語学学校へ行ってみた。丁寧なスタッフの人にもろもろ解説を受ける。明日、体験レッスン的なものを受けられるというのでまた伺うことになった。

帰宅後、泉鏡花の短編「外科室」を読んだ。青空文庫なので無料だ。これが短編ながらも難解なストーリーだった。

ある外科医と、その外科医の手術を受けようとしている高貴な身分の伯爵夫人の話なのだが、夫人は「麻酔をかけられるとうわごとが出るというから、心の中にひとつだけある秘密が漏れてしまうのが怖い」という理由で麻酔を拒否する。周囲の説得を聞かず、かたくなに麻酔を拒否する夫人に、外科医の高峯は麻酔無しの外科手術を始める。胸を切り開いて、迅速に施術を進めているさなか、夫人が高峯の手をつかむ。「痛みますか」「いいえ、あなただから、あなただから」「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」「忘れません」このたった4回の会話のやりとりの後、夫人は高峯の手に持ったメスで心臓を掻っ切って自殺する。そのすぐ後で、高峯も後を追って自殺する。

後半のページには、ふたりが9年前に一度だけ、小石川の植物園ですれ違っていたという記述がなされている。だけどそこでは二人は何か会話を交わしているわけでもなく、お互いに目があったといった描写すらない。高峯のほうは夫人にひとめぼれしたような感じで描かれているが、夫人のほうは高峯に気付いていたかどうかすら定かではない。

物語はそれで終了で、つまり、9年前に一度だけ植物園ですれ違った男女が、やがて外科医と患者となり、夫人はなぜか麻酔を拒否し、外科医もそれに応じ、手術中に、実はお互いを意識していたことを数回の会話で確認し、直後、夫人は自殺し、外科医も後を追って自殺するという、話し。

凄まじくミニマルな物語で、9年前の一瞬だけの出会いの中だけで育まれた恋愛感情を壊さないよう、そのロマンのなかで殉死するというのがあまりにもピュアすぎて、狂気を感じる…。少なくとも常人の精神構造ではあまりにもあり得ない物語に、置いてきぼりにされた感を受けるが、だからこそなのか、独特の、何か、美しいものを見た…のだろうか…という恍惚感がある。

今週最後の送別会

今週3つめの送別会。年度末なので多くの人が会社を去ったり別の部署へ異動したりする。

特に今日は数多くの人が会社を去った。世話になった人も何人もいたが、皆に直接挨拶を出来たわけではなかったので、メールにてもろもろ感謝の意を伝えた。

今日は会議が立て込んでいたり、送別会の準備があったりして日中ずっと忙しく、今日中にやらねばならない業務が出来ていなかったので、送別会終了後、オフィスに戻って引き続き作業をした。そのためにアルコールも摂らなかった。作業は思ったより時間がかかり、深夜2時過ぎまでかかった。

そんな時間になったのに、今日で会社を去られる何人かの方が、片付けや、引き継ぎのデータ移行などで、まだ会社に残って最後の仕事をしていた。挨拶に行き、しばらく話しているうちに、流れで少々飲みに行くことになり、明け方5時くらいまで会社近くの居酒屋にて談笑した。自分に多くの影響を与えてくれた方だったので、今後も交流を続けたいと言ってお別れをした。明け方5時、空はまだ夜明け前で薄暗く、ぶり返した寒さが、新しい季節の来るのを拒否しているように感じられなくもなかった。

_DSC6594 _DSC6603 _DSC6604 _DSC6607帰宅途中、目黒川に架かる橋から下を見ると、川面が散った桜で埋め尽くされて、一面ピンク色になっていた。一瞬の突風で散ったのか、大量の花びらが3〜50メートルの帯になって流れていた。明け方なので、橋をゆく人たちは2,3人しかいなかったけれど、皆がその光景を写真に納めていた。自分もそれをカシャカシャと撮影しながら、きれいだなと思った。

帰宅して風呂に入り、すぐ眠りについた。

 

会議の生産性なんてどうでもいい

目黒駅のそばにある「藤しろ」というラーメン屋に寄って帰宅。3日連続でラーメンを食べたことになる。この店は最初に訪れたときに、感動するほど、おいしく感じられたので、何度か来ているのだが、今日は味が薄く感じられた。昨日のラーメン屋でも味が薄く感じられたので、これはおそらく自分の舌のほうがおかしくなっているのだと思った。これは良くない…。

kyukyokunokaigi

鈴木健「究極の会議」を読んだ。先日、内田樹が激賞しており、「複雑な社会を複雑なまま生きるにはどうしたらよいか」というテーマに惹かれて購入した、同著者による「なめらかな社会とその敵」を読み始めたのだが、十数ページ読んで、内容がとても濃そうな感じがしたので、「ここ2,3日の自分のコンディションを考えると読めなさそうだな」と思って、助走をつけるために、同じ著者のライトな感じの別な本を買ってみた。

本の内容は、「議事録ドリブン」と名付けられた、「会議はその場で議事録を作るためにある」という、全員で議事録をプロジェクタ等で投影しながら、議題やToDoや結論を可視化しつつ進めていくという会議手法を解説したもので、これは単純な手法ながらも勉強になった。意見を書き出していかないと、先の意見はどんどん忘れられていって、後からでた意見が、後から出たという理由だけで重要視されるような過ちは、良くある。

でもこの本の面白いところはそこではなく、最終章で、会議という共同作業の概念を拡張するところから始まって、ネット会議の今後から、文明の未来へと話がつながっていく飛躍があるところだった。たぶんこの人が本当に書きたいのはこのあたりで、それはおそらく「なめらかな社会とその敵」に書かれているのだろうと思うので、助走のために読んだという目的は達せられた気がする。会議手法の解説本でありながら、「ぶっちゃけ会議の生産性なんてどうでもいい」「生産性の向上は現代文明にとって、もはやどうでもいいことは何度言っても良い足りない」「しらふで『生産性が向上します』などと言っている人はいわば病人」などと連発し出す最後の展開は熱い展開だ。「過度な生産性の向上は、人間の日々の生活を息苦しくする」「『生産性の向上』は普通に楽しく暮らすという自然な生き方を犯罪者扱いする」このあたりの意見は、いままさに飽和しつつある問題なのに、個人ベースの解決法しかなく、まだ誰も社会システムとして解決できていない問題なので、この人はここに突っ込んでいって次の本を書いたのだろうと思う…。

後半になってやっとわかったが、この著者は以前、NTT出版の「Inter Communication」にも寄稿していたと思う。同じような話が載っていて、どこかで読んだなと思ったら、Inter Communicationの情報社会系の特集号だった。

最近、乾燥機の調子がどんどん悪くなっており、以前は1週間分の洗濯物をまとめて放り込んでもパワフルに乾燥してくれたのに、大した量ではない肌着や靴下だけの乾燥でも、重量に耐えきれずすぐピーピー鳴って止まるようになった。このピーピー音に、何故か自分でも笑える程にカチンときてしまう。意味ない怒りで無意味に疲れる。

ふたたび送別会

今日は会社で部署移動をされる方の送別会だった。こちらも多くの人があつまり、楽しい時間を過ごした。くだけた感じの本当に良いゆるさのある会で楽しかった。渋谷にある、小学校の教室を模したテーマパーク型の飲み屋で、皆が赤白帽などをかぶっていてカオティックだった。

帰りに同僚3人とでラーメン屋に寄って帰る。やすべえという店で、高田馬場にもあり、住んでいたころ、良く行っていた。久しぶりに食べ、おいしかったが、味が薄くなっていた気がした。2日連続でラーメンを食べたことになる。

DSC_0222

月曜の送別会

会社を去る人の送別会に参加。楽しい時間を過ごす。店を2件まわり、最後にラーメンを食べて深夜に帰宅。そこから少々作業をし、4時前に床についた。今日はまだ月曜日なので、今週は大変だなと思いながら、すぐ眠りにおちた。

DSC_0217