月別アーカイブ: 2013年10月

早朝、S氏がフランスに向けて発つ。自分は寝ており、いつものように8時過ぎに通勤。夜、スーパーで日用品を購入して帰宅。数日前に、悪くなりそうな素材をまとめて煮ておいた良くわからない料理を食べる。煮過ぎたのが問題だったのか肉が何の味もしないパサパサのものになっていた。

James Stirling 02

昨日に引き続きS氏と遠出し、いくつかの建物を見る。

ロンドンから2時間半ほどかけて、Norwichにあるイースト・アングリア大学の施設の一部、ノーマン・フォスターの初期の作品のセインズベリー視覚芸術センターを訪れた。がっつりとした構造体で外核が強固に固められており、建物内には一切の柱がない巨大空間になっている。その巨大さが気持ちよい…。造形のコンポジションとか、色彩だったりとか、いわゆるデザイン・美術的な手法で空間が作られているのではなくて、とにかく巨大で細長い無柱空間を作るという明快なコンセプトを元に、それを達成するための技術と論理の集積で、オリジナリティある空間が作られていた。いかにもデザインをしたという嫌味が全くなくて、純粋にエンジニアリングの結果として建っていて、それにも関わらずそれが表現として成立していて、全体的に美しさが感じられて、イギリスの誇るハイテック建築の名作と言われるだけあるものだった。

こういう技術を、もっと実用性や安さなどに傾けていくとプレハブ的な純粋な工業製品になっていくが、同じような志向性を持ちながらも、それでも「表現」した意思が感じられるのがやはりすごい気がする。

セインズベリー視覚芸術センター(1978)

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キャンパスの他の建物もなかなか面白い外観を持っており、窓の中で幾人かの学生が料理をしている姿などが見えた。

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ヘンリー・ムーアの彫刻がなまめかしく寝そべっていた。

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Norwichから1時間半ほど南下し、偏差値の天井その2、ケンブリッジ大学へ向かう。昨日に引き続き、ジェームス・スターリングの建物を見る。やはり大胆な幾何学的造形が炸裂しており、心が躍る感じがした。窓サッシの収め方が巧妙なのか、ガラスが妙にパキパキと気持ちよく折れ曲がって、透明かつソリッドな形状を作っている。実際に中から窓の部分に近づいてみると、結構、複雑な機構で窓枠とそれを支える骨組みが入り組んでいたが、外からは非常にきれいでフラットなサーフェイスが、リズミカルに折れているように見えて凄くきれいだった。

ケンブリッジ大学歴史学部棟(1968)

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歴史学部棟のヨコには、フォスター設計の法学部棟もあった。

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ロンドンに帰った後は、S氏おすすめの中華料理屋で食事をとり、帰宅した。その店は非常においしかった。ショウガと鶏肉をいい感じにした料理がかなり美味しく、舌にやきついた。

久々にちゃんと建築物を見た気がするが、充実した土日となった。。

James Stirling 01

S氏の希望で、土日両日とも、イギリスの誇る現代建築家、James Stirlingの建物を巡る旅に出かける。特に初期の大学建築を中心に回ることとし、今日はロンドン北西のレスター大学、オックスフォード大学を訪れた。

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レスター大学工学部棟(1959-1963)。大胆な幾何学的構成とパキパキしたガラスの表現…レンダタイルの鮮烈な赤色…明らかに機能より造形を優先したであろう作為むき出しの形状が、想像以上に格好良く、すばらしかった。S氏は大判カメラのセッティングを始め、それにかなりの時間を要するとの事だったので、S氏を置いてしばらく周りを散策する。例によって写真を連投する…。

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偶然、このビル内に研究室をもつ博士のかたが通りかかり、話しかけてくれ、中に入れてくれることになった。研究室などを見せてもらい、特に最上階の梁が露出した部屋は、建設当時の姿を残しているらしく、迫力があった。

その後、街を移動し、偏差値の天井、世界の最高学府オックスフォード大学に向かう。セミナーハウス的な建物Florey houseもスターリングによる設計。柵にはばまれ中には入れず、また全景をカメラに収められるような場所も無く、伝えることが出来ないが、建物の裏側の扇状の造形は面白かった。

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オックスフォード大の他の建物は、何があるか調べもせず来たので、良くわからず、大学の建物は全てスルーし、近くにあった、大学の図書館ではない古い図書館のなかのホール部分などを見る。天井が、骨のように白い石で組まれており、ブラックレター体のような中世の字形の文字らしきものが不気味に彫られていた…。

_DSC9586- _DSC9580-夕方にロンドンに戻り、夜は、S氏の手引きで、たまたまロンドンに旅行に来ていた同じ大学の後輩だった人たちと会って食事をした。面識は若干、あったが、殆ど話したことがなかった人たちだったのでやや緊張した。ロンドンブリッジ近くのシェイクスピア・グローブに併設していたパブで11時過ぎまで…。元気な方々で、彼女らが今回の旅で訪れた場所の話や、共通の知人の昨今の様子などを聞かせてもらい、面白かった。イギリス南部のウィンチェスターという古い街が良い雰囲気だったらしい…。

Crunchie

会社の自販機でスニッカーズを5本くらい購入する。最近、Crunchieという名前のチョコバー(内部のスナック部分を極小のハニカム構造にすることでサクサク感を高めたという売り文句の商品。内部は金色でハチミツフレーバー。ハチの巣をガリガリいっている気分になる。カナダ製らしい。)ばかり食べていたが、またスニッカーズに回帰し始めた。コストパフォーマンス的にもスニッカーズの完成度が高い…。会社の購買にはだいたい3種類のチョコバーが置かれているが、週によって微妙に銘柄が異なり、王道のスニッカーズが無い日もあり、3種類中、2種類をチョコミント系の異端者で構成する等、謎のセレクトのときもあるので、油断ならない。

帰宅。スーパーのカレーなどで夕食を済ます。S氏が夜に帰宅。

massive tesco

業務後、スーパーに寄って帰宅。常用しているスーパーは3種類あり、気分で何となく使い分けている。今日はTESCOという最も巨大なスーパーに行った。出前一丁のストックが切れたので購入する。そもそもあまり遅くならないうちに帰宅するのが正しい姿だろうが…。先日、初めて行った韓国食材スーパーもいい感じだったので、常用スーパーは4つになるかもしれない。無意味に多い…。

S氏と夕食を食べ、週末に見に行く建築物を決定する。S氏は主に建築を見にヨーロッパに来ている…。画像検索で見ただけでも、既に名作の予感がしており、土日が楽しみだ。

再会

朝、出張者の人を迎えに行くためにいつもと違う道を通ってWimbledonのあたりまで行ったが、途中でやはり迎えに行かなくても良いということになり、無駄足に終わった。結構、狭い道なのに車がいっぱいで混んでいて、やや緊張した。

夜、日本よりS氏がロンドンにやって来た。1週間程、うちに滞在することになる。自宅近くのパブに案内し、フィッシュ&チップスなどを食べた。いつも新宿などで会っていたので、ここで会っているのがやや現実離れした感じがして少しクラクラとする。

月曜

深夜まで作業。眠い中、車で帰宅するのが危険なようにも思われ、社で世を明かそうかとも考えたが、帰宅することにした。少ししか眠れないが、それでもちゃんとした寝床で寝た方が疲れも取れるだろうと思った。

SHIZUKU

英語の学習のためという名目で、ジブリ「耳をすませば(Whisper of the heart)」のDVDを購入したので見る。。

夜はバンドの練習に行く…。必須曲として渡されている曲については、なんとか、できるようになった。しかし、帰宅しながら、「耳をすませば」の半分の英語も聞き取れないような人間が、欧州で働き、他にやるべき学習をせずに、こんな事をやっていて良いのかという気分になる。メンバーの方々は非常に良い方々なので、そんな気分になることを申し訳なくも思うが、これはまずいという方向に気持ちがハマっていくのを感じる…。人生においてかつて何度もハマってきた感覚に似ている。あまり面識のない誰かに何かに誘われ、何となくそれに費やす時間が多くなってくると、自分は他にやるべきことがあったのでは?という気分になり、都合良く、スティーブ・ジョブスの言葉「他人の人生を生きてはならない…」などのフレーズが頭にこだまし始める…。普段、接点の無かった人と知り合えたという事自体に、あるいは普段、興味を持ってなかった事をやってみたという事自体に、俗にいうプライスレスな価値を見いだすことに何度も失敗し、社会的に終わっていった自分…。いつも何かが足りない気がしているので、日常における義務を限界まで減らそうとし、自分の時間を確保しようとする。その時間で不足分を補う活動にいそしめば良いが、単に睡眠で使い果たすことも多く、その罪悪感がまた不足感を産んでループする。これではいけないという気分が頭を覆う。

パラノとスキゾという概念が、かつて流行った時代があったことを、人から聞いて知っている。読んだことは無いが、浅田彰、ドゥルーズ・ガタリなどの哲学者たちの間で80年代ごろ流行った概念で、いろいろな解釈の仕方があるらしいが、パラノイアはよく言えば向上心が旺盛なタイプで、常に自分に満足することは無く、現状批判をし上を目指し続けるタイプ。スキゾフレニーは様々なことに興味を持ち、現状は現状で受け入れ、こうでなければならないという、ひとつの何かにこだわることはないタイプ。これを教えてくれた人は、現在、世で褒められているのはパラノ、何かものを作っている人のほとんどもパラノだが、パラノの最終到達点は戦争であり、パラノ的な考えで生きて行く限り、それは満足は悪だという考えと同義なので、幸せからは遠ざかり続ける、と言っていた。。

帰宅後、蕎麦を茹でた。茹で上がりの色が、妙に茶色いなと思いながら、食べた。硬質の水のせいか、蕎麦自体がそういうものなのかは、知らない。

関係ないが、耳すまで、「やな奴!やな奴!やな奴!」という月島雫の名台詞があるが、英語では「Stupid jack! Stupid jack! Stupid jack!」というらしかった。

食べもの

South London GalleryにOscar Murilloというロンドンの作家の個展を見に行く。穀物、石、布、銅、ビニールのゴミなどを使って構成された作品…。最近の現代美術には、単一の彫刻や絵画で成立する表現ではなく、このように、物語のように、空間内に置かれた様々なオブジェが関係し合って、何らかの世界観を形づくるものが多い。都市のような汚さの中で、穀物の存在がやけに異質で面白いような気がした。穀物があることで、まわりのものが、ゴミとしての汚れでなくて、土をいじるように、何らかの生産過程で汚れているというように見えて、汚さが肯定されているような感じだった。。

_DSC9504 _DSC9506 _DSC9508 _DSC9509 _DSC9511 _DSC9518その後、IKEAに買い物に出かけ、帰りにNew mordenの韓国料理屋で食事をとり、帰宅した。韓国料理屋は、プルコギのようなものが食べたかったが、プルコギがおいてあった店は2軒、満席で断られた。