果汁グミ

朝、W氏が帰国のため家を去った。滞在中はもろもろお世話になりました。

同僚達が日本出張から持ち帰ったお菓子等を食べつつ仕事をした。先日、同僚に、いい人なのは分かったから、いい人になり過ぎないように早く帰りなよと言われたが、それはその通りなのかもしれない。便利屋は知らず知らずのうちに秩序を乱してしまう。

リサイクルセンタ

しばらく自宅に滞在していたW氏が帰国するため、別送便で送る荷物をヤマト運輸に届けに行くのを手伝う。地域の関係か、また時間の関係か道が妙に混んでおり、割とイライラしているドライバーが多いのか強引な割り込み等が多かった気がする。こちらはそんなに運転に自信がないので攻めた運転をする車には極力関わりたくない。

夕方には自宅近くのリサイクルセンターと称する行政の運営するゴミ捨て場にいくつかのゴミを処分しに行った。ここは始めて行ったが、自宅から非常に近い上に、もろもろ何でも引き取ってくれるようで、便利そうだった。自分が帰国する際にはここに全て捨て去りたいと思う。

夜は自宅近くのイタリア料理屋に行ってみた。おいしいものだった。

Kew Garden, Windsor

Kew gardenに行く。2年近く前、まだ本格的にイギリスに来る前にも一度来たことがあるが、変わらず気持ちのよい場所で、良かった。前回は良くわからずに適当に歩いていたせいか、明らかに見逃した場所等もあり、今回、それらを見られてよかった。

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Kew gardenには大きな温室が二つあり、そのうち一つは現在改修中で、中に入れないものと思っていたが、中が見られるようになっており、植物が完全に取り除かれたスケルトンの状態を見ることができる。入り口付近で初老の男性がこの様子をスケッチしていたが、この空の様子が非常に美しい感じがした。

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その後、割と近くにありながら、行ったことが無かったWindsor城にも行った。イギリスの王族がいまだに住居として使用している城で、エリザベス女王が毎週末を過ごす城としても知られているようだ。割と混んでおり、駐車場を探すのに苦労したが、ショッピングセンター併設の駐車場になんとか空きを見つけることが出来た。城の内部は、写真撮影が禁止されていたが、想像以上の豪奢なつくりで、部屋の隅から隅まで寸分の隙もなく高級感に満ちていた。ヨーロッパ的なラグジュアリー感のすべてがここにあるような気さえした。

_DSC5167 _DSC5168 _DSC5172さらにその後、W氏の大学に用事があり、そこに寄り、帰宅した。少し図書館の中を見せてもらったが、重厚な本棚に古そうなハードカバーの本ががっつりと詰まっている一室があり、並々ならぬアカデミック感があった。ウィンザー城にしても、図書館にしても、自分が生まれるはるか前から存在しており、また自分の死後も存在し続けることは、ほぼ確定している。

夜は自宅近くのパブにて食事をとった。

Digital revolution

Barbican centreにDigital revolutionという展示を観に行く。ビデオゲーム、音楽、映画、メディアアートなど、古今東西のデジタルアートを集めた企画展。

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ビデオゲーム黎明期の傑作と名高いアタリ社の「PONG」の筐体が展示されていて遊べるようになっていた。かつて小学生の頃、NHKでやっていた「新・電子立国」(というコンピュータソフトの歴史を網羅的にあつかった非常にすばらしかった番組。)で紹介されているのを見て、自分でもBASIC(というプログラミング言語)で似たようなプログラムを組んで遊んだことが思い出されて非常に懐かしかった。

from old-computers.com

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あの頃、何故か自分はゲーム作りに入れ込んでいて、別に面白くもない意味の無いゲームを日々、作っていた。正確には覚えていないが作ったゲームの総数は20は超えると思う。かつては個人が作ったフリーゲームが大量に集っている投稿サイトのようなものもさかんで、中学生になった自分はいくつかのゲームをそのようなサイトにアップロードしたこともあった。完全に終わっているクソゲーだったにも関わらずダウンロード総数は1万を超えていたので、時代だったと、思う。そのころは作ったゲームを送りつけて遊んでもらう友人達も、いた。彼らのほとんどとは今や疎遠になり連絡先も知らない。作ったゲームの数々が入ったフロッピーディスク等も、すでに失われているだろう。

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Ashdown forest, Lewes

Hartfieldという村に行った。くまのプーさんの作者のA.A.Milneの別荘があった場所で、その村のすぐ南に広がるAshdown forestという森を舞台にプーさんの世界は描かれているらしかった。村の中にあったPooh cornerという各種プーのグッズを扱う店に併設されたカフェで食事、茶などを摂り、のんびりとした感じの良い時間を過ごしたのち、その森にも行き、小高い丘の上から森を眺めた。歩いていて、非常に気持ちのよい場所だったが、プーさんを読んでいないので、自分にはこの森が他の森とどう違うのかは、分からない。読んだ人のみ、本来ここに存在しないはずのものが見え、あの熊がここに居るように感じるのだろうが、今から自分がそれを読んでも、もう熊をここに感じるレベルの感情移入は難しいだろうとも思う。子供のころにそれに魅了される必要があるが、時間が戻ることはない。

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その後、更に南下し、Lewesという街にも行った。かつて一度だけ訪れたことのあるところだが、その時は夕方に来たので、ほとんど全ての店が閉まっており、また冬だったために辺りも暗く、ただ、行ったというだけで、その街を楽しむところまではいっていなかった。今回はルイス城などにも入ることができた。

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城の塔から街を見下ろすと、町並み全体が想像以上に赤かった。

_DSC5080-_DSC5093- _DSC5094- _DSC5098- _DSC5103-また城の庭のようなところでは、仮設テントを用いて何らかのパーティーが開かれていた。何故かゲートボールのような用具が設置されており、ボールや、ポールのカラフルさが美しい感じがした。Wikipediaによると、これはクロッケーという球技で、日本のゲートボールの原型になったものらしい。確か、日本のゲートボールのボールは単調な紅白の2種類であり、ポールは、味気ない単なる巨大な鉄釘に等しい無骨な灰色の鉄棒だったと記憶しているが、日英を比較して、何か大切なものが失われている気がした。遊技ではなく競技としてのゲートボールを志向した結果が、あのストイックな紅白ボールと鉄釘ということなのかもしれないが、用具の魅力が全く無い。日本中に多く分布しているゲートボール愛好家は殆どが老人であるはずだが、ナンバリングされたゼッケンを身につけた老人が集まって毎日、紅白の球を工業的な鉄釘にコツコツ当てているというのは、視覚的に退廃的すぎて、かなしい。

ルイスをひととおり散策して楽しんだ後、帰宅した。帰宅後はNew Maldenの韓国料理屋に行った。入ってみたらほとんどカラオケ店で、その一角がレストランになっているという風の謎の店だった。味は問題は無く、おいしかった。

冷たい

朝からずっと雨が降っており、止むこと無く夜まで降り続けた。
今日は祝日だったので、二ヶ月近く放置していたこの日記を一気に更新し、現実に追いつかせた。それ以外のことは、特にしていない。夜は出前をとった。

MALEVICH

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Tate ModernのMalevich展を観に行った。非常に充実した内容で、マレーヴィチが代表作「黒の正方形」をふくむシュプレマティスム作品群を最初に発表したとされる「最後の未来派展0-10」の展示方法が再現されていた。

Last futurism exhibition 0.10 from Wikipedia

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「黒の正方形」が、二枚の壁をまたぐように設置されているところが重要で、同年代のタトリンも、カウンターレリーフと称して、絵画の平面性の否定という名目で、部屋のコーナー部分に絵画や彫刻を設置することをやっていた。遠近法を完全否定して、幾何学図形のみの凄まじく平面的な絵画をやっておきながら、だからそこに無限の空間の広がりがあるとか言い出したこの人たちはやはり偉人だと思う。また、この、部屋のコーナー上部という位置は、ロシアの農村部に広がったロシア正教において通常、聖母マリアの絵が掲げられる位置らしく、新しい芸術のアイコンとして、この無味乾燥な黒の正方形を位置づけていたこともわかる。

テートモダンを後にして、しばらく川沿いを歩いていると、なぜか未来派の絵画のような模様をほどこされた船が停泊していた。暴力的だった。これが何なのかは、知らない。

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日本で1年以上前に出た、村上春樹の新刊がイギリスでは今月発売になったようで、書店の店頭で見かけた。今日は幾何学的な図形ばかりが目についた。

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夜は、よくわからない日本食どんぶり屋に行こうと試みたが、行ってみたら閉まっており、その近くのイタリア料理屋に入ってパスタなど食べた。

功罪

GodSaveTheGirlHackneyの映画館で、「God save the girl」という映画を見た。Belle&SebastianのStuart Murdockの監督によるミュージカル映画。ストーリー的には極めてよくある自己陶酔型のメンヘラ女子の相当どうでもいい色恋沙汰の話だったが、やはりBelle&Sebastianの音楽が際立って良いので、どんな自己中心的な葛藤も全てポップソングになって、全てがキラキラした美しいものかのように見えていた。

このような青春の痛みや自己愛については、スイーツ的な雑誌では多く「甘酸っぱい」という表現で何の罪もないかのように巧妙に変換されるが、実際それは割と的を得ている表現で、それはまさにベルセバの世界観とその凄みであって、この映画だったように思えた。