夕方の便で到着する両親を迎えに行くためヒースロー空港に向かった。
両親が無事に到着し、家まで案内した。その後、明日からのナローボートの旅に備えて少々の食料や飲料を準備するため、自宅付近のスーパーに行ったあと、パブにて夕食をとった。
スーパーに寄って帰宅。明日から両親がイギリスに一週間強、滞在するので、その用品などを購入した。調べ物等をする。
スーパーに寄って帰宅。久しぶりにテレビを見た。自分がテレビを付けるとだいたい、料理番組をやっている気がするが、マスターシェフ?とかいう番組を見ていた。実際、普段の会話のほとんどは食事時に行われるので食に関する表現を知っておいて基本的に損はない。知って損というものは基本的に存在しないので当たり前だが…
定時で帰宅。昨日、マネージャに、これ以上遅くまで作業してはいけないと言われたのだが、いきなり約束を破って遅くまで作業していたので、昨日言ったばかりだろうと、それは駄目だと念を押された。イギリスでの暮らしをオフィスだけで埋めさせたくないと言っていた。確かに少しずつ頭が狂っていっていたのかもしれない。
kindleで読んだ漫画、施川ユウキ著「鬱ごはん」という作品が面白かった。
バンクホリデー等で先週金曜から4連休だったが、もろもろ出かけられたので良かった。今日はいくつか溜まっている作業があり、遅くなった。
今日は月曜だが祝日のため休み。W氏を誘いLulworth coveというイギリス南西部の海岸線にある円形の入り江のようなものを見に行った。
昼頃に到着したが、天気がよかったためか、既に多くの人で賑わっていた。入り江はきれいな円形をしており、河口部分には不自然に地形が隆起したような斜めの断層ががっつりと露出していた。
ボートで入り江の外まで連れてってくれるサービスがあり、それに乗ってみた。Durdle Doorという、崖の岩が門のようにえぐれたところまで行って10分程で帰ってきた。
はしゃいで撮影しまくる人々
その後今度は崖の上のフットパスを通ってその門のところまで歩いて行った。山登りが想像以上にきつく、息があがり足がガクガクした。多くの人々が列をなして山道を登っており何かの巡礼のようだった。
海が鮮やかな青緑色になっており、リゾート地の色のようで清々しかった。おそらく岸壁の白いチョーク質が溶け出して、海の青と混ざって乳泊の青緑のように見えるのだと思う。
こういう自然は、何かを考える事なく心に直でインパクトが来るので、心がカラになって良い。訪れていたたくさんの人々も、皆、どこかフワフワしたような感じで非日常を楽しんでいたように見えた。そんな中、入り江で一人、周りの観光客の雑踏を物ともせず、ガチで釣りをしている現地の人らしき老人が一人居た。家に辿り着いたあと、何故かその人の姿が思い出された。
今日は写真を大量に貼る。朝7時前にフランスのOuistreham港に到着、空は暗く、雨が結構強く降っており、自転車での移動を考えていたので、あ、終わったなと思った。元々、目的地であるトーチカのある街Longues-sur-Merまではこの港から40km近く離れており、折り畳み自転車で頑張るには距離が長いので、タクシー等で移動を考えていたが、料金が100€以上かかると言われ、おとなしく雨の中、自転車で行く事にした。
途中、明らかにトーチカだったと思われる建造物を取り込んだアパートを見つけた。トーチカ内部がどのように使われているか知らないが、異質な造形物が明らかに不自然に突き刺さっており、興味深かった。
目的地まではおそらく4時間近くかかると思われた。雨も降っており、最初の10kmくらいで既にずぶ濡れで死にそうになっていたが、せっかく来たので、ひたすら自転車を漕いだ。
道中、他のノルマンディー地方の名所にも寄った。JUNO beachという海岸では、迷彩服を着た男性が一人、金属探知機を使って浜辺で何かを探していた。何を探しているのかは知らないが、亡霊のようだった。
JUNO beachのそばにも朽ちたトーチカがあった。トーチカはロシア語なので、こちらではBatteryと呼ぶようだ。コンクリートの巨大な重量と、浜辺の柔らかい地質のせいか、斜めに傾きながら、地面に沈んでいた。
既に体力的には限界を迎えていたが、まだ目的地まで半分以上の距離があった。 ひたすら先を進み、Arromanches-les-Bainsという地域に辿り着いた。ここには戦時中、仮設の港や橋が作られていたようで、その港の構造部材の一部だったと思われるものが海岸にまだ残されている。
ここは小さいエリアだったが、割と華やかに観光地化されていて、メリーゴーラウンドなども唐突に置いてあった。今日は天気が悪いので、重苦しく、いかにも戦争の遺物のオーラを堪能出来る雰囲気になっていたが、実際、もっと真夏に来れば、リゾート的なビーチのひとつなのではという気もした。 既にもう足も限界だったが、引き続き先を進んだ。2−3度の坂道ですら登れなくなっており、平坦な道以外は全て自転車を降りて歩いた。
結局4時間以上かかり、目的地のLougues-sur-merのbatteryに到着した。途中でスニッカーズを2本消費しなければ、辿り着けなかったと思われる。船の待合所で買っておいて良かった。写真を連投する。 




分厚過ぎるコンクリートの壁の質感、生っぽく大胆な造形、狭い銃眼から来る光と影の強過ぎるコントラスト等、作為のない原始的な空間が、怖さと安心感を同時に感じさせて、きれいだった。ポール・ヴィリリオのトーチカの写真集「Bunker Archeology」の中に、「美しさというものは恐怖の最初の段階にすぎない」というリルケの詩の一節が引用されていたが、確かにそんな感じがした。 何度も繰り返すが、体力的には既に死にそうだったが、トーチカが想像どおり素晴らしく、来て良かったと思った。
ここにはもう一つ大きめのトーチカがあり、こちらのほうがより海岸に近い位置に設置されている。
バスかなにかで近くの大きな街まで行こうとしたが、近くにあった観光案内所で聞いたところ、そういうバスはなく、また今日はバンクホリデーなので公共交通機関も本数が減っているという。近くの大きな街Bayeuxに行って、そこから電車でCaenという街に行く事を勧められ、時刻表等をもらった。この地方の列車は、なぜかGoogle mapで検索しても出てこず困っていたので、時刻表は非常に助かった。 観念して更に7kmくらいの道を自転車でBayeuxまで行った。幸いにしてこの頃は既に天気は晴れていた。Bayeuxの読み方が分からず、バイェゥクスみたいに呼んでいたら、ビヨンと読むと正された。これは読めないと思った。
ビヨンに到着し、適当に街を観た。時間がなかったので殆ど素通りしただけだが、きれいな街だと思った。
ビヨンの駅近くの適当な軽食屋でオムレツを食べる。味はフランスだからといって特段おいしいというものではなかったが、普通だった。フランスに来ていたのに、まともに食事をしたのはこれが最初で最後となった。
ビヨン駅から電車でCaenとへ向かった。デッキ部に携帯電話くんみたいなキャラクターのシールが貼ってあった。
CaenではOMA設計の図書館が建築中との情報は調べていたので、一応、それを少しだけ見た。躯体はすでにできていたようだった。特徴的な十字形のプランがなんとなくわかった。
Caenからは、時間ももう無かったのでタクシーに自転車を積んでOuistrehamの港に戻り、帰りのフェリーに乗り込んだ。 

夜の10時ごろ、Portsmouthに辿り着き、そこからロンドンへと戻った。フェリーの中で良く眠っていたので、不思議とそんなに疲れは残らなかった。
先日、地図を眺めていたところ、イギリス南部のPortsmouth港からフランス北部のOuistreham港へと渡るフェリーが出ている事に気付き、それを利用してNormandeeの海岸線にあるトーチカを見に行けるのではと思いついたので、突発的に行ってみる事にした…。
当初、車ごとカーフェリーに乗り込んでフランスに上陸しようとしたが、車のフェリー代が片道£180近くするのに対し、人のフェリー代は£30程度で、あまりに差があったため、やめた。代わりに折り畳み自転車を車に積み、車はポーツマスに置いて人+自転車で乗り込む事にした。
Portsmouth港を夜22:45に出発し、翌朝の6:45にOuistreham着くという便に乗った。自転車は車と同様の扱いで、フェリーに乗り込む車の列に混じって出国審査などを済ませた。飛行機と違って、出国審査は荷物検査すら無い非常に簡素なものだった。
おそらく、多くの車の中で、非力な自転車がウロチョロしていると邪魔で危ないからだろうが、自転車は車より優先的にフェリーに乗る事ができた。チャリ、車、人、の順番で乗船するようだ。自転車の人は他に3、4人いたが、皆、しっかりとした自転車ウェアと本格的なツーリング仕様の自転車で、自分は近所に買い物に行くレベルの折り畳み自転車と普段着だったため、完全に浮いていた。
手前の黒い折り畳み自転車が自分のもの。2、3ヶ月前に、近所の自転車屋で50%オフセールみたいなのをやっていたので買った。
部屋は、他が空いていなかったため、一人にも関わらず、4人部屋を取らざるを得なかった。写真では2人分のベッドが見えるが、もう2人分は壁に畳んで設置されている。部屋はかなりコンパクトだが、シャワーやトイレもあり、一晩過ごすには全く申し分無いつくりになっている。
個室を取らずとも、一番安いリクライニングシート席というのもあったが、一応、ちゃんと眠りたかったため、個室にした。
このような巨大客船に乗るのは、高校生の修学旅行で神戸から長崎に行って以来だと思うので、ただ船で一泊するというだけなのに、意味なく気分が高揚してきてしまって、まだ自分にそういう素養が残されていたことに安心感を覚えた。
船内も一通り探検した。この8階建ての豪華客船は、インテリアがやけに派手で、妙な色のネオンや、やたらピカピカしたメッキ仕上げの手すりや什器、手描き風のサインなど、オールド・アメリカンな雰囲気があった。ただ狙ってやったレトロ感ではないことは自明だったので、全体的に古さは隠しきれず、それらのきらびやかなデコレーションが、あまりにも寂れた空気を強調しているように思えた。しかしその時の自分にとっては、そういう取り残されたような違和感が、非日常感を心地よくあおりまくってくるように感じられて、なぜかどんどん楽しくなってきていた。
この書体を選択し、それをイルミネーション化するあたりが、現代では失われてしまったセンスという感じがする。
このような唐突に設置された派手なエアホッケー台、余り部屋の活用に困ったので設置されたかのようなスロット台など、悲しいアイテム群が、気分を高揚させる良い燃料となった。
船には学生の集団らしき人々が多数乗り込んでおり、最上階のバー付近のしょぼいダンスコーナーで、もはやいつの時代の曲かも分からないくらいの無個性的なディスコ調の曲に合わせてワラワラと踊っていた。その寂しくも魅力的な風景を見て、まだフランスに着いてさえいないにも関わらず、既にこの旅に満足したような気分になった。
食堂でラムのシチューを食べて、部屋に戻り眠りについた。
午前中、車の汚れが目立ってきたので、近くの洗車屋へ行って洗ってもらった。適当に洗剤を車にかけ、消防車のホースのようなもので強烈な水流を浴びせてざっくりと洗っていた。洗車サービスというものを生まれて始めて使ったので、このクオリティが低いのか高いのか分からないが、ぱっと見ではかなり適当な気がした。しかしスピーディーなので悪くはないと思った。ホースで水流を浴びせる役は楽しそうに見えた。
洗車を待つ待合室
その後昼食を近くの適当なパブで摂る。天気がいい気がしたので屋外の席に座ったが、陰ってきて寒くなり、やや震えながらバーガーを食べた。
夜は会社の同僚の方に誘われて、その友人の方々と食事をともにした。もろもろ話を聞かせてもらい、楽しい会となった。