復帰

一週間以上、会社を休んでいたのでもろもろの業務が積もっていた。休みに入る前からすでに積もっていたので、印象としてはあまり変わっていない。

三節棍

3週間以上、日記を放置しており、思い出しながら記述しようとしているが、殆どの日は思い出すに値しないような日だっただろうと思う。
今日はバンクホリデーで休日だった。家でゆっくりとしていたような気がする。

London eye

今日で両親のイギリス旅行も最終日となる。

乗り降り自由の、ロンドンの主要観光名所を回るオープンテラスの観光バスに乗り込み、街並を眺めた。ビッグベン、ロンドンアイ、タワーブリッジ、バッキンガム宮殿など、いわゆる名物を一気に見た。ロンドンアイにも今回初めて乗ってみた。今日は天気も気持ち良く晴れていたため、遠くまできれいに見えた。この観光バスは、ふだん見ないような角度で、街並を見て回れるので、意外と乗っていて楽しい。何度か通った事がある道も、運転していて見る景色とは大分違うような気がした。

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途中でバスを降りて、食料品のマーケットであるバラ・マーケットに行ったのだが、日曜が休みなのか知らないが、今日はマーケットが一切やっておらず、失敗した。マーケットの近くにあったスペイン料理屋らしきところで、屋外の席に陣取り昼食を食べた。イギリスの夏のアルコール飲料の名物であるPIMM’sがあったので、それを飲んだ。

_DSC9943少し早かったが、4時頃、パディントン駅からヒースロー空港に向かった。空港の喫茶店で少々ゆっくりし、やがて飛行機の時間が近づいてきたので、両親を見送って別れた。

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この日記では、かなりの行程を省略して記載したが、9日間とは思えない程、充実してもろもろ見る事ができた。ナローボート、エジンバラのSt.Andrews見学、着物でアフタヌーンティーが今回の3大イベントであったが、どれも良き思い出になった。両親も楽しんでくれたようで、何よりだったと思う。日本に去って行く両親と、イギリスに残る自分という構図が、不思議に感じられるかもしれないと思ったが、そうでもなかった。感覚としては東京駅の新幹線の改札で、静岡に帰って行く両親を見ている感じと変わりのないものだった。5月が終われば、こちらに来て1年になる。

Afternoon tea

今日は、今回の両親のイギリス旅行のハイライトとなる、母親が着物を着てアフタヌーンティーに行くという行事を行った。このために事前に着物を郵送で受け取ってあった。母親は白い着物、父親と自分は黒いスーツという格好で、アフタヌーンティーでは有名なリッツホテルのThe palm courtに行った。

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Palm courtは全体的にベージュっぽい色彩の内装だったので、母親が選んだ白っぽい着物と良い雰囲気で調和していた。良くも悪くも、もう少し「浮く」可能性もあると思っていたが、想像以上に違和感無く空間に調和しておりやや驚いた。紅茶に興味のある母親は、アフタヌーンティというものにずっと興味を持っていたようだが、今まで日本でも食べた事が無く、今回が初となった。お茶も、サンドウィッチも、スコーンも、楽しんでくれたようだ。1時間半ほど楽しく過ごした。

_DSC9848その後は市内を散策した。

両親ばかり撮っていたので、ここに載せられるような風景の写真が殆ど無かった。

London

朝、エジンバラよりロンドンに列車で戻る。

_DSC9754いったん家に帰り、置いてあった荷物等を持ってロンドンのホテルに移動した。両親はここから宿泊はロンドン市内のホテルになる。

両親が土産物などを購入するため、オックスフォード・サーカスのリバティデパート等に行った。

夕食は父親の友人の知り合いが料理人をやっているというアジア料理屋で、欧風にアレンジされた刺身や茶碗蒸しなどを食べた。

Edinburgh 2

エジンバラ市内の観光をする。エジンバラ城や、旧市街などを散策した。寒かった。

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エジンバラ博物館なども見た。

昼食をとったThe grain storeというレストランと、夕食をとったCastle terraceというレストラン、どちらも非常においしかった。

Edinburgh 1

朝、家を出発し、King’s cross駅に向かい、そこからEdinburgh行きの列車に乗る。エジンバラ行きは、父親のかねてからの希望であり、主な目的は、エジンバラから更に北に車で1時間ほど行ったところにある、世界最古のゴルフコースSt.Andrewsを見ることにある。

エジンバラ駅に着き、ホテルに荷物を預け、レンタカーをピックアップ、すぐにセントアンドリュースに向かった。雨がかなり強く降っていた。
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セントアンドリュースは海のすぐ側にあり、強い暴風が吹く事で、屈指の難関ゴルフコースとして名が知られているようだ。我々が到着した時には、雨脚はまったく衰えておらず、すさまじい寒さだった。極寒の雨の中、笑顔でゴルフをプレーする人々の姿があった。ゴルフ愛好家達にとっては聖地とも言える場所のようなので、納得はできたが、狂っているとも思った。

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ゴルフミュージアムなどを見学し、エジンバラ市内に戻った。

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牡蠣やムール貝などを夕食に食べる。一応、スコットランドにきたのでパブにてウイスキーを少々、なめた…。

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ナローボート3

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予定地に着き、ナローボートを下船した。非常に良い時間だった。このようなボートはレンタルのものもあるようで、今回、操船も多少ながら覚えられたので、長い休みの時など、借りてみるのも面白いのかも知れないが、思うだけで終わるかもしれない。

_DSC9468その後、下船場所の近くの町、Stratford upon abonに行った。当初の予定に無かったが、シェイクスピアの生家があるというので寄ってみた。たいしたことは無かった。

さらにその後、コッツウォルズのベネチアと呼ばれているらしい(誰がそう読んでいるのか知らないが、そんな風に書かれているのを見た事がある)Burton on the waterという町にも寄る。

さらにその後、Oxfordに行ってオックスフォード大学などを見る。

いろいろ詰め込みすぎた感があるが、家に戻り、近くのフランス料理屋で夕食をとった。

ナローボート2

起床し、船内に差し込む朝の明るさのなかで朝食をいただく。

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運河は物資の運搬手段として、約200年前に人の手によって掘られたものらしい。ある貴族が財産の全てを投げ打って、多額の借金をしてこの運河を掘った。運河による輸送は大繁盛し、借金はすぐに返済されたらしい。やがて鉄道網が整備された事により、スピートで明らかに劣る運河での輸送の時代は完全に終わったが、今は主にレジャー用途として、運河は引き続き管理されている。

途中、20個弱の水門の開け閉めを手伝った。高低差をこの水門で調整し、ギリギリの幅の船が通る。_DSC9333 _DSC9347 _DSC9375 _DSC9408カモの親子や、牧場の羊、運河沿いのタンポポ群、地平線まで絨毯のように埋め尽くす黄色い菜の花など、多くの和むアイテム群が、人の歩く速度程度のゆっくりしたスピードでスクロールしていった。DIYで作った船の家、カントリーサイドの暮らし、自然の色彩など、自分のような典型的な疲れた都市生活者にとって強い引力があり、自分がここに住んでいるとしたらという空想を楽しんだ。明日の昼にはもう下船する。厳しさに辿り着く前に空想が終わるのでちょうどよいはずだと思う。

ナローボート1

朝、家を出てコッツウォルズ地方へ行った。自分が正月に回って、良かったと思ったLacockとBibryの村を案内した。

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その後、今回の旅の主要イベントのひとつであるナローボートに乗船するため、Wilmcoteという町まで移動した。この細長いボートに乗って2泊3日で運河をゆっくりと行く。日本人とイギリス人の夫妻が操船するボートで、内装は設備、電気工事に至るまで全て夫妻の手作りによるものだという。夫妻は陸の上に家を持たず、普段からこの船で生活しているとの事。

_DSC9178_DSC9329_DSC9142 _DSC9144 _DSC9159夜は船内に泊まった。狭い船だが、工夫された設計になっていて、我々3人は心地よいベッドで眠る事ができた。乗客がいる期間は、クルーになる夫妻はソファーで寝たようだ。