街中に少し買い物に出かけたが、目当ての店が休業日で閉まっており、あてもなく適当に街をふらふらと歩いていたが、特に何も思う物はなく、意味なく浪費した2、3時間に意味をつけておかないと気分が耐えられない感じがしたので、最終的に少し遠くまで足を伸ばしてSouth London Galleryにやってきて、展示を無理矢理、みた。Isabelle Cornaroという作家の展示で、黒く塗られた木箱に脈絡のない骨董品のたぐいがパラパラと置かれていた。17世紀のフランス古典主義の巨匠、ニコラ・プッサンの絵画の平面構成の様式美を、三次元的にミニマルなアプローチで再構成したとの解説があった。コンポジションそれ自体が主題なので、配置の緊張感が出れば、置いてある壷とか流木とかは、たぶん別にこれでなくともそれっぽければ何でも良いのだと思う。これらは、そこに居なくてはならないものだけれども、別に他の似たような物でもかまわないものなので、数合わせに呼ばれた所在ないパーティー要員や、とりあえず立ち尽くすイベント会場の警備バイトのように見えた。

2015-02-07-土曜日
意味
昼過ぎに、意味なく、Clapham commonに行った。Bakery Etceteraという、パンが人気らしい店で食事をとった。中央のテーブルに店内で焼かれたパンがたくさん置いてあり、セルフサービスで好きなだけ切り分けて、各テーブルにあるトースターで焼いて食べることが出来た。下の写真はwebから拝借したもので誰も写っていないが、実際はほぼ満席だった。

from Web
その後、少し移動したところにあるOld post office bakeryというパン屋にも寄った。いくつかパンを購入して帰宅した。下記写真もwebから拝借したものなので、実際は結構もろもろ売り切れていて、数は少なくなっていた。

from old post office bakery website
帰宅後、作業やネット等、した。ヨーロッパのパン、特にこういう天然酵母がどうのとかいう感じのパンは酸味が強いものが多く、実はそんなに好きではないが、大量に食べているとこれはこれでおいしいような気もしてきた。職人的な、こだわりのパン屋みたいなものは、やっている方はおそらく相当に過酷な仕事だとは思うが、なぜか、充実した人生の象徴のような恐ろしさを感じてしまうことが多く、普段は、なじむ事ができない。その点、たまに立ち寄っているBrick laneにあるベーグル屋は、異常な安さと、工場のような従業員の動き、労働の雰囲気に満ちた簡素な店内など、威圧感がなくとても寄り易い。それでいてやたらとおいしく、更に24時間営業しているという非の打ち所の無い店となっている…。
2015-02-06-金曜日
茶色
ピザ屋に寄って帰宅。ピザ屋からの帰宅路をショートカットできる気がしたため別な道を選んだところ、迷って時間を大幅にロスした。
職場でネズミを見た。背後でビニール袋がガサ、というので、振り返ったところ、非常に小さなサイズのネズミがゴミ箱をあさっていた。室内でネズミを見たのは久しぶりだったので驚いたが、おそらくネズミの方はもっと驚いたらしく、一瞬でどこかに隠れて消えてしまった。ネズミがあさっていたゴミ箱には、食料などまったくといっていい程、入っていないことも、知っていた。
2015-02-04-水曜日
Stockholm 2
夜の便でストックホルムからロンドンに戻ってきた。時間があれば、ストックホルム図書館や、森の葬祭場などの名の知れた建物を見てみたかったが、今回その時間はなかった。朝、早く起きれば、外観だけは見られたのかもしれないが、寒く、気力がなく、眠っていた。街をみているのもよいが、知らない土地の宿でひとり布団に入っている時間がより良いとも感じ、外に何かを期待することから意味なく遠ざかり過ぎたことを感じる。
帰りの飛行機の中で、眠りに入る前に、「雪」という吉田拓郎のプロデュース曲で昔、ヒットを出したフォークグループの名を思い出そうとして頭を絞っていたが、思い出せずそのまま帰宅した。後にgoogleにより「猫」というバンド名だったことを思い出した。バンド名があまりに簡素なので記憶から消えていた。調べによるとファースト・アルバムの名前も「猫」で、セカンド・アルバムの名前は「猫・二枚目」というらしく、名前に頓着の無いグループだったことがわかった。
ストックホルムの地下鉄駅は、それぞれの駅ごとに違ったペイント、装飾を施されており、岩盤をくり抜いたような構内のラフな作りとも相まって非常に原始的な迫力があった。
また、セブンイレブンがやたらと多いことも気になった。外観は日本の物とほとんど同じと言ってよい。
2015-02-03-火曜日
Stockholm
朝起きると窓の外に雪が積もっていた。イギリスに来て初めて雪が積もったのを見たと思う。
ヒースロー空港に向かい、ストックホルムに移動した。そちらも雪が積もっていたが、着込んでいったため、凍えるような寒さは感じなかった。夜には数ヶ月前に会社を去った元同僚のかたに会い、現在働いている職場を見せてもらい、その後食事をともにした。ミートボールを食べた。
同行していた別な同僚に薦められ、パンの上にサーモンと何かの葉を少々乗せたものも食べた。ディルと呼ばれる、細長い葉を持ったハーブの一種を使ったマヨネーズソースみたいなものが異様なおいしさだった。サーモンそれ自体がおいしかったのかもしれないが、同僚がしきりにディルが最高、ディルがすばらしいみたいなことをいうので、それに引っ張られた。
from Wikipedia
2015-01-31-土曜日
記録
朝起きて、そろそろ消費しないといけない雰囲気のパン類を全て食べた。その後…音楽をしばらく聴いていて、昼を過ぎて何か、雨も降っているし寒く、外にやはりどうしても出たくないと思い、意味なく布団に入ったところ眠ってしまっていて気付くと夕方で、豆腐を焼いて食べ、あとはどのように時間が過ぎていったのか分からない。今週は豆腐ばかり食べていた。豆腐をやや薄めに切り、焼いて、バターおよび醤油をかけて食べるというスタイルで定着した。毎週このような空白な日がやってくる。なぜ毎週で、毎日でないのだろうとも感じる。
2015-01-30-金曜日
円盤
昼には同僚の退職送別ランチがあり、職場の最寄りの町のピザ・エクスプレスで食事をした。ピザ・エクスプレスのピザは、スーパーで売っているものは食べたことがあったが、店で食べたのは初めてで、非常においしいことを知った。チェーン店だが別に安くもないことも知った。ピザはなぜあんなにおいしいのか…。たくさん皿が出てきたり、食べるのにたくさん器具が必要だったりしない。合理的で、早く、複雑さがなく、どのような具でも成立させやすい。とてもおいしい。
2015-01-26-月曜日
月曜
スーパーに寄って帰宅。豆腐などを購入。最近は頻繁に豆腐を焼いて食べている。何らか気に入った食品があると、それを飽きる迄食べ続ける傾向にある。いったん、凍らせた豆腐を解凍し、水分を絞ってから焼くことで、豆腐が肉のような食感になるとされている豆腐ステーキという調理法が存在しているのでやってみたが、別に肉ではなかった。食感は面白いものの普通に焼いた方がおいしいという結論になった。また、サバ缶について、いつもはオリーブオイルに浸かっているものを購入していたが、モロッコ風と書かれた、やや香辛料の利いたものも売られていることに気付き、購入してみたがそちらもおいしいと感じた。
2015-01-25-日曜日
ロッテ ホカロン
作業。
向かいの家の天窓から漏れる灯りの色温度が日々、微妙に違う気がする。近年は色温度を調光できるLED電球なども珍しくないので、そのたぐいの物を使用しているのかもしれない。かつて小学生か中学生の頃、部屋の蛍光灯が切れたときに、それまで蛍光色(白色)だったものから、電球色(暖色)の蛍光灯に変更されたことがあった。そのとき兄弟揃って「黄色い、黄色すぎる、全てが黄色い、赤い」などと不平を漏らしまくって、わずか一日くらいで、親に新しく蛍光色のものを買い直してもらうということがあったのを覚えている。暖色の方が目に良いという話もあるらしいので、そんなに強く言うほどのことでも無かったはずなのにと、後に申し訳なく思ったことも覚えている。だがそれ以降、暖色にトライすることが恐ろしく、自分は一人暮らし時にも、全て蛍光色の蛍光灯を選んできた。しかし今、意識していなかったが、今住んでいるフラットは全て暖色の電球しか使われていない。蛍光色縛りがいつのまにか解除されていた。
2015-01-24-土曜日
チョコバー
作業。SPAMむすびを作成しようとしたが、米を炊くのが面倒になり、中止した。代わりにパンにはさんでサンドイッチ的なものにして食べた。塩味が中和されて悪くない味になったが、積極的に買いたいと思えるようなものでないことは分かった。
明らかに日が長くなってきている。以前のように4時で真っ暗になっていることはなくなった。また、雨の頻度も減ってきているような気がするが、朝に雨が降っていることはやはりまだ多い気もする。
しばらく共に仕事をしていた同僚のひとりが退職することを先日知った。来週の末が最後の日になるようだ。出て行く人も多いし、新しく来る人も多い。氏が次にどのような仕事に就くのか知らないが、同じようなブロックを積み続けていくのが好きな人もいれば、ある程度積んだら崩したいという人もいた。崩したいのに社会的状況がそれを許さないという人も、積みたいのに崩れてばかりという人も、いた。仕事が氏の人生の重要度のどの程度の割合を占めていたのか、知らないが、そういえば氏と雑談をしたことが一度も無かったので、自分の想像力はそれ以上踏み込むことができない。


















